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粗大ゴミを捨ててすっきり

2010
23
December

粗大ゴミを捨てるのは、本当に大変です。わたしは、長年黄色いソファーを使っていました。テレビを見る時、くつろぐ時に必ずソファーに寝転がっていました。とても楽で寝心地が良かったです。しかし、長年使っていると古くなって壊れてしまいました。このソファーを捨てるのが大変でした。ふつうのゴミの日では、もっていってくれません。粗大ゴミとなってしまったソファーは、運搬して捨てることになりました。市のゴミ処理場に決まった日に運搬すると、粗大ゴミを捨ててくれるのです。その日は、ゴミ処理場に車の行列ができるほどです。
 【オーガスタ(米ジョージア州)3日(日本時間4日)】石川遼(19)=パナソニック=の“被災地支援”が今週のメジャー第1戦「マスターズ」(7〜10日、オーガスタナショナルGC)でスタートする。3年連続出場となる石川はこの日、会場コースで調整練習を行い「絶好調」を宣言した。

 気迫を込めた「夢の支援」がスタートする。3年連続出場となるマスターズ。石川の表情は、過去2年と明らかに違う。

 「ショットは(米国入りした)この2カ月で一番いい感じです。絶好調。いい予感がします」

 この日はオーガスタナショナルGCの練習場で約2時間の打ち込み後、アウトの9ホールを回った。1打1打に魂を込めた。見守った父でコーチの勝美さん(54)は「問題はない」と目を細めた。

 熱い思いがある。先月29日(日本時間30日)、東日本大震災の被災者への支援プランを明らかにした。「総額2億円を目指したい」という“長い戦い”が始まる。

 「正直いって、いまはゴルフをしている場合じゃないとも思いました。そんな中、自分のやるべきことは(被災地の)皆さんが前を向くことができるよう、手を差し伸べることだと…」

 マスターズは過去2年、予選落ちを喫した。とくに昨年は、わずか1打及ばず、涙を抑え切れなかった。自分に足りないものは…。この1年、考え続けた。試行錯誤も繰り返した。

 ドライバーショットに磨きをかけた。スピン量を減らし、14度前後だった打ち出し角を1度ほど抑えた。40メートル前後だった最高到達点は約1メートル低くなった。これにより「吹き上がる」球筋が激減した。左右のブレも少なくなった。

 パッティングは、師と仰ぐ尾崎将司にアドバイスを受けた。「オーガスタ攻略のカギは2メートル前後が入るかどうかだ」。今回の米国遠征中、宿舎では毎晩「2メートル」の練習を欠かしていない。

 「いままでの賞金は両親が(ボクの)ゴルフのために使ってくれた。でも、これからは違います。復興までには長い時間がかかると思いますけど(被災地の)皆さんを支援していきたい」。

 目標額は2億円。過去の実績を考えれば、難しい額ではない。しかし、少しでも気を緩めて臨めば、支援額は減少する。

 「いろんな意味で、今週は疲れると思います。でも、悔いの残らない大会にしたい」

 自身の成績と支援額を連動させた「積み立て」の第一歩を、力強く踏み出す。

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 東日本大震災で大きな被害を受けたJ1仙台が4日、千葉県市原市で合宿を開始した。震災の悲惨さにショックを受け、これまで口を閉ざしていた主将の元日本代表FW柳沢敦(33)は、プレーを通じて被災者の心を明るくするのが自分の役目だと明言。Jリーグが再開する4月23日のアウェー・川崎戦に向け、サッカーに集中する。

【写真で見る】明るい表情で練習する仙台・柳沢

 暖かな春の陽を浴び、柳沢が軽快な動きでボールを蹴り続けた。

 「僕たちはサッカーを通じて、少しでも皆さんを明るくする手助けしかできません。でも、それが役目だと思って取り組みたいです」

 京都から今季、移籍した新キャプテンが、キャンプ地の千葉から復興のメッセージを発した。前日3日にバスで市原入り。この日は午前練習の前に円陣が組まれ、手倉森誠監督(43)が「被災地に元気な姿を伝えよう」と力強く呼びかけた。4月23日のJリーグ再開に向け、ようやく本格的に動き出した。

 柳沢は3月11日の震災発生時には自宅にいた。「一瞬の恐怖は今でも忘れない」という。再集合した3月28日、被災地でのボランティア活動のため、宮城県石巻市へ。市街を一望できる日和山から、津波で壊滅的な打撃を受けた海沿いの光景を目の当たりにし、ショックで言葉を失った。

 だが、現在は「みんなでこの状況を乗り越えないといけない」と必死に前を向いている。開幕前にひとケタ台の順位を目標に掲げていた手倉森監督は、「クラブにとってこれまでの歴史にない成績を残せれば。あわよくば、という旋風を巻き起こしたい」と、被災地を勇気づけるためにも上位進出にシフトチェンジした。

 杜の都を離れてのキャンプ中は、サッカーに集中。仙台へ戻った後は、被災者と触れあう場を増やそうと計画している。「特別な年になる。地域に支えられて育ってきたJリーグ。今度は支えてあげる存在にならないといけない」と柳沢。仙台のひたむきなプレーが、被災地だけでなく日本中に、エネルギーを注入する。


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